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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)118号 判決

フランス国 92800 ピユトー エスプラナード・

ドユ・ジエネラル・ドウ・ゴール 51

原告

トムソンーセエスエフ

同代表者

アルレット・ダナンシエール

同訴訟代理人弁理士

川口義雄

中村至

船山武

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

中村和男

今野朗

光田敦

関口博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第16750号事件について平成4年1月9日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1981年1月20日のフランス国特許出願に基づく優先権を主張して、昭和57年1月18日、発明の名称を「集束誤差検出用オプチカルデバイス及び該デバイスを有する光学的記録-読取り手段」(平成2年3月26日付け手続補正書により、「フォーカシングエラー検出装置及び該検出装置を有する光記録・再生装置」に補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願昭57-6706号、特開昭57-139713号)をし、平成2年5月31日、拒絶査定がなされたので、同年9月21日、審判請求をした。

特許庁は、上記審判請求を平成2年審判第16750号事件として審理し、平成4年1月9日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をなし、同謄本は、同年2月19日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載)

(1)  第1項の記載

非点収差光ビームを発生する半導体レーザ光源と、該光源からの前記光ビームを収束して光記録媒体の反射面に光スポットを形成する対物レンズと、該対物レンズ及び前記光源の間に配置されており前記光源から前記対物レンズに向かう前記光ビームと前記反射面で反射した後前記対物レンズを再び通過した光ビームとを分離する光分離手段と、該光分離手段及び前記対物レンズの間に配置されており前記反射面に向かう前記光ビームを無非点収差光ビームに変換すると共に前記反射面からの反射された無非点収差光ビームを前記光源に対応した所定量の非点収差をもつ非点収差光ビームに変換する非点収差レンズと、光検出面を有しており該光検出面における前記分離された非点収差光ビームの収束断面形状の変化を感知して前記光スポットのフォーカシングエラーを前記所定量の非点収差を利用した非点収差法により検出する検出手段とを有することを特徴とするフォーカシングエラー検出装置(以下「本願第1発明」という。)(別紙図面1参照)。

(2)  第10項の記載

非点収差光ビームを発生する半導体レーザ光源と、該光源からの前記光ビームを収束して光記録媒体の反射面に光スポットを形成する対物レンズと、該対物レンズ及び前記光源の間に配置されており前記光源から前記対物レンズに向かう前記光ビームと前記反射面で反射した後前記対物レンズを再び通過した光ビームとを分離する光分離手段と、該光分離手段及び前記対物レンズの間に配置されており前記反射面に向かう前記光ビームを無非点収差光ビームに変換すると共に前記反射面からの反射された無非点収差光ビームを前記光源に対応した所定量の非点収差をもつ非点収差光ビームに変換する非点収差レンズと、光検出面を有しており該光検出面における前記分離された非点収差光ビームの収束断面形状の変化を感知して前記光スポットのフォーカシングエラーを前記所定量の非点収差を利用した非点収差法により検出すると共に前記光検出面における光量を感知して前記反射面に記録された信号を検出する検出手段と、該検出されたフォーカシングエラーを補償するように前記対物レンズを光軸方向に駆動する駆動手段とを有することを特徴とする光記録・再生装置(以下「本願第2発明」という。)。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  引用例の記載事項

特開昭53-144328号公報(昭和53年12月15日出願公開。以下「引用例」という。)には、長方形の微小発光面を有する半導体レーザ光源と、光源からの光をディスク面14上に絞るための対物レンズ12と、光源と対物レンズ12との間に配置されディスク面14における反射光を対物レンズ12通過後に取り出すビームスプリッタ13と、取り出された反射光の光軸に中心があって、分割線が光源の反射像において、発光面の長手方向あるいは短手方向に対して45度の角度を有するように配置した4分割光検出器15とを具備する焦点検出装置が図面と共に記載されている。そして、半導体レーザ光源からの光は、集光点P、Prの付近では、半導体レーザの接合面に垂直な方向における光路の集光点P1、Pr1と、半導体レーザ光源の接合面に平行な方向における光路の集光点P2、Pr2とは、その位置が異なっていて、それぞれたて長及び横長の長方形又はだ円の光断面を示し、両点の間に光断面が正方形又は真円に近い点Pm、Prmが存在する。また、ディスク面14と対物レンズ12との距離dが変動すると、ビームスプリッタ13により取り出されたディスク面14からの反射光の断面が正方形に近くなる点Prmも光軸に沿って移動する。そこで、ディスク面14と対物レンズ12との距離がd0のときのPrm点に4分割光検出器15をその中心が光軸に一致しその分割線が光断面が伸縮する方向に対して45度の角度を有するようにおくと、ディスク面14が対物レンズ12に近づくと光検出器15の光は横長になり、遠ざかるとたて長になるので、そのことを利用して、4分割光検出器15の中で相対向する2個の光検出器の和をとり、それぞれの和の差信号で対物レンズ12を駆動するサーボ系を構成することによって、ディスク面14と対物レンズ12との距離を一定値に保持する制御が可能である(別紙図面2参照)。

(3)  本願第1発明と引用例記載の発明との対比

引用例記載の発明において、半導体レーザ光源からの光は非点収差光ビームとなっている。また、引用例記載の発明の「対物レンズ12」は本願第1発明の「対物レンズ」に、引用例記載の発明の「ビームスプリッタ13」は本願第1発明の「光分離手段」に、引用例記載の発明の「4分割光検出器15」は本願第1発明の「検出手段」に、引用例記載の発明の「焦点検出装置」は本願第1発明の「フォーカシングエラー検出装置」に、それぞれ相当している。そして、引用例記載の発明の「4分割光検出器15」は、非点収差光ビームの集光点付近の光断面の形の変化を感知して、ディスク面での焦点ずれを、所定量の非点収差を利用した非点収差法により、検出していると認められる。

したがって、本願第1発明と引用例記載の発明とは、「非点収差光ビームを発生する半導体レーザ光源と、該光源からの前記光ビームを収束して光記録媒体の反射面に光スポットを形成する対物レンズと、該対物レンズ及び前記光源の間に配置されており前記光源から前記対物レンズに向かう前記光ビームと前記反射面で反射した後前記対物レンズを再び通過した光ビームとを分離する光分離手段と、光検出面を有しており該光検出面における前記分離された非点収差光ビームの収束断面形状の変化を感知して前記光スポットのフォーカシングエラーを所定量の非点収差を利用した非点収差法により検出する検出手段とを有することを特徴とするフォーカシングエラー検出装置。」を構成することで一致し、以下の点で相違している。

本願第1発明のフォーカシングエラー検出装置は、「該光分離手段及び前記対物レンズの間に配置されており前記反射面に向かう前記光ビームを無非点収差光ビームに変換すると共に前記反射面からの反射された無非点収差光ビームを前記光源に対応した所定量の非点収差をもつ非点収差光ビームに変換する非点収差レンズ」を有するのに対し、引用例の焦点検出装置には、ビームスプリッタ13と対物レンズ12との間にそのような非点収差レンズは配置されていない点。

(4)  相違点についての判断

従来、フォーカシングエラー検出装置において、光源からの光ビームとして無非点収差光ビームを使用し、光ビームを光スポットとして光記録媒体の反射面に収束し、反射面から反射された光ビームを非点収差レンズにより非点収差光ビームに変換し、その非点収差光ビームの収束断面形状の変化を感知して非点収差法により光スポットのフォーカシングエラーを検出することは、当業者に周知の技術(以下「周知技術1」という。)であったと認められる。

また、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用すれば、非点収差光ビームを使用した場合に比べ、相応の技術的利点を有することも、当業者に周知の事項(以下「周知事項」という。)であったと認められるし、無非点収差光ビームを得るために非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換する手段(例えば、非点収差レンズ)も当業者に周知の技術である(以下「周知技術2」という。)(以下、周知技術1、2及び周知事項を総称して「周知技術」という。)。

そうであれば、引用例の焦点検出装置において、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用しようとして、半導体レーザ光源からの非点収差光ビームを光記録媒体の反射面に収束する前に非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換する程度のことは、当業者にとって容易になし得たことと認められる。その際、光スポットのフォーカシングエラーの検出はそのまま非点収差法によることにすれば、反射面から反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度非点収差光ビームに変換し直すようにすることは、技術的に当然の構成である。すなわち、反射面に向かう非点収差光ビームを非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換すると共に、反射面からの反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度光源に対応した所定量の非点収差を持つ非点収差光ビームに変換し直す構成を採用することは、当業者にとって格別困難なことであったとは認められない。そして、そのような構成を採用する以上、非点収差レンズを置く位置は、光記録媒体の反射面の前後に1つづつ必要であるから、光源と光分離手段の間に1つと光分離手段と検出器の間に1つとの計2つとするか、光分離手段と対物レンズの間に1つとするかは、当業者が設計上、適宜選択する程度のことにすぎない。

そして、本願第1発明の効果も、引用例記載の発明から当業者であれば、予測できる程度のものであり、格別のものとは認めることはできない。

(5)  結論

以上のとおり、本願第1発明は、本願出願前日本国内において頒布されたことが明らかな引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないものである。したがって、本願は、本願第2発明について検討するまでもなく拒絶すべきものである。

4  審決を取り消すべき事由

(1)  審決の理由の要点中、(1)(本願発明の要旨)、(2)(引用例の記載事項)、(3)(本願第1発明と引用例記載の発明との対比)、(4)(相違点についての判断)のうちの周知技術2の認定は認め、その余は争う。

(2)  取消事由

審決は、後記〈1〉ないし〈3〉の誤りの結果、本願第1発明の引用例記載の発明との相違点に係る構成の進歩性についての判断を誤り、特許法29条2項の適用を誤った違法があるので取消しを免れない。

〈1〉 周知技術の認定の誤り

審決認定の周知技術1及び周知事項は、その周知性に関して、根拠に欠けるものである。

(a) 周知技術1についての乙第1ないし第3号証記載のものは、光分離手段及び対物レンズを必須のものとして用いている。すなわち、乙第1号証記載のものでは、「ビームスプリッタ4」及び「ビームスプリッタ64」並びに「対物レンズ2」及び「対物レンズ62」を必須のものとして用い、同第2号証記載のものでは「ビームスプリッタ8」及び「絞り込みレンズ5」を必須のものとして用い、同第3号証記載のものでは「ビーム・スプリッタ6」及び「収束レンズ3」を必須のものとして用いている。

なお、「ビームスプリッタ」及び「ビーム・スプリッタ」は光分離手段、「絞り込みレンズ」及び「収束レンズ」は対物レンズに、それぞれ相当する。

このように、乙第1ないし第3号証記載のものは、光記録媒体の反射面で反射した後対物レンズを再び通過した無非点収差光ビームを、光分離手段によって、光源から対物レンズに向かう光ビームから分離し、その後に非点収差レンズによって非点収差光ビームに変換している。すなわち、乙第1ないし第3号証記載のものでは、非点収差レンズは、光分離手段及び対物レンズの間に配置されていない。換言すれば、非点収差レンズは、少なくとも光源からの光ビーム及び光記録媒体の反射面から反射された光ビームの光軸上に存在していない。

ところが、周知技術1では、非点収差レンズは、光源からの光ビーム及び光記録媒体の反射面から反射された光ビームの光軸上に存在する。

本願第1発明では、非点収差レンズは、光分離手段及び対物レンズの間に配置されるものであるから、周知技術1は、乙第1ないし第3号証のいずれにも記載されていない。

(b) 乙第4及び第9ないし第11号証に記載されたものは、いずれもフォーカシングエラー検出装置に関わりのないものであり、技術思想的にも近接するものではないから、周知事項は、上記乙各号証のいずれにも記載がなく、刊行物の頒布時における技術常識の立証もないから、記載されているに等しいともいえない。なお、乙第4号証には、「光記録媒体の反射面に収束する光ビームを使用」することの記載がない。したがって、乙第4号証は、周知事項を立証する証拠となり得ない。被告の主張する反射面を備えた光記録媒体の構造が、本願発明の優先日の時点においての技術常識であるとの証明はない。

乙第12号証に記載されたものは、専らビデオディスク用対物レンズに関し、光記録媒体の反射面に形成される光スポットのフォーカシングエラー検出装置に関するものではないから、本願第1発明と技術的に近接するものではないし、同号証のみを以てしては周知事項の根拠とするには充分ではない。

乙第13号証には、シリンドリカルレンズによって非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換するとの直截な記載はない。むしろ、同号証に記載のものは、4頁左上欄2行ないし10行の記載によれば、直交方向のビームウエスト位置の結像位置は異なるものであり、7頁左上欄3行ないし4行に記載のように、それは依然として、非点収差を有するものである。乙第13号証には、「光記録媒体の反射面に収束する光ビームを使用」することの記載がない。したがって、乙第13号証は、周知事項を立証する証拠となり得ない。

乙第16号証の第8図には、走査される結像面11が記載されているにすぎず、これが反射面を備える記録媒体であるとは記載されていない。したがって、乙第16号証は、周知事項を立証する証拠となり得ない。

〈2〉 相違点についての判断の誤り

(a) 審決の「引用例の焦点検出装置において、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用しようとして、半導体レーザ光源からの非点収差光ビームを光記録媒体の反射面に収束する前に非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換する程度のことは、当業者にとって容易になし得たことと認められる。」(甲第1号証9頁10行ないし16行)との判断は誤りである。

審決の「引用例の焦点検出装置において、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用しようとして、」との説示は、引用例に記載のない事項についての言及である。

引用例記載の発明においては、長方形の微小発光面を有する半導体レーザからの光、すなわち、非点収差を有するレーザ光を無非点収差光ビームに変換することなく情報を記録再生する面であるディスク面に照射する、すなわち、ディスク面に照射するレーザ光は非点収差を有するものである。したがって、引用例記載の発明においては、無非点収差光ビームを使用するとの記載は一切ない。

また、引用例の、「さらに他の目的は半導体レーザを用いて上記の距離ずれを簡単に検出できる装置を提供する。」(甲第5号証2頁左上欄2行ないし4行)との記載によって、半導体レーザからの非点収差を有する光になんら補償を施さないことを強調している。すなわち、引用例記載の発明では、非点収差を有するレーザ光を情報を記録再生する面であるディスク面に照射すると共に、非点収差レンズを用いて非点収差法によりフォーカシングエラーの検出を行なうことをその技術的課題としている。

これに対して、本願第1発明では、非点収差光ビームを発生する半導体レーザを光源として用いるが、その非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換して光記録媒体の反射面において、良質の光スポットを形成すると共に、再度非点収差光ビームに変換して非点収差法によりフォーカシングエラーの検出を行なうことをその技術的課題とする。

したがって、本願第1発明と引用例記載の発明とはその技術的課題が異なるものであるから、審決の上記説示は、引用例に記載がなく、また、経験則にも反するものである。

そうすると、引用例の焦点検出装置において、半導体レーザ光源からの非点収差光ビームを光記録媒体の反射面に収束する前に非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換する程度のことは、当業者にとって容易になし得たことではないから、審決の上記判断は誤りである。

被告は、引用例には、無非点収差光ビームをディスク面に照射することも非点収差光ビームを有するレーザ光をディスク面に照射することも、いずれも記載されていないと主張するが、光記録媒体の反射面に光スポットを形成する光ビームは、非点収差光ビームか無非点収差光ビームのいずれかでなければならないから、非点収差光ビームか無非点収差光ビームのいずれでもないという被告の主張は矛盾している。

そして、上記のとおり、引用例記載の発明では、光記録媒体の反射面に光スポットを形成する光ビームは、非点収差光ビームである。

被告は、また、引用例(甲第5号証)の「また第2図b、cで、集光点P1とP2の距離を調節するために、第2図b、cに点線20で示すシリンドリカルレンズを集光点Pの光源側におくことも可能である。」(3頁右下欄1行ないし4行)との記載を根拠として、非点収差光ビームの集光点の位置を調節するためにシリンドリカルレンズを光路上におくことが可能であることが記載されていると主張するが、引用例の上記記載は、審決では摘示されていないのであるから、審決の判断の根拠となっていないことが明らかである。

この点は一応措くとしても、引用例の上記記載は、非点収差光ビームの集光点P1、P2の距離を調節するためにシリンドリカルレンズを用いることの可能性について言及するにすぎず、非点収差光ビームの非点収差を補償して、これを無非点収差光ビームに変換するために非点収差レンズを用いることを示唆するものではない。

したがって、被告の上記主張は失当である。

(b) したがって、審決の上記判断を前提とする、審決の「その際、光スポットのフォーカシングエラーの検出はそのまま非点収差法によることにすれば、反射面から反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度非点収差光ビームに変換し直すようにすることは、技術的に当然の構成である。」(甲第1号証9頁17行ないし10頁2行)との判断もまた誤りである。

(c) 審決の「すなわち、反射面に向かう非点収差光ビームを非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換すると共に、反射面からの反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度光源に対応した所定量の非点収差を持つ非点収差光ビームに変換し直す構成を採用することは、当業者にとって格別困難なことであったとは認められない。」(甲第1号証10頁2行ないし10頁9行)との判断もまた、本願第1発明と引用例記載の発明の技術的課題の相違を看過したものであるから、誤りである。

なお、「反射面に向かう非点収差光ビームを非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換すると共に、反射面からの反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度光源に対応した所定量の非点収差をもつ非点収差光ビームに変換し直すようにする」構成は技術的にみて不可解な構成であり、このような構成によってフォーカシングエラーの検出ができるとは思えない。

(d) 審決の「そして、そのような構成を採用する以上、非点収差レンズを置く位置は、光記録媒体の反射面の前後に1つづつ必要であるから、光源と光分離手段の間に1つと光分離手段と検出器の間に1つとの計2つとするか、光分離手段と対物レンズの間に1つとするかは、当業者が設計上、適宜選択する程度のことにすぎない。」(甲第1号証10頁9行ないし15行)との判断も誤りである。

光記録媒体の反射面の後ろには光ビームは到達しないのであるから、非点収差レンズを光記録媒体の反射面の前後に1つづつ置くという技術的構成、すなわち、非点収差レンズを光記録媒体の前に一つと後ろに一つ置くという構成は、技術的にみて不可解な構成であり、このような構成によっても、フォーカシングエラーの検出ができない。

被告は、光源からの非点収差光ビームを非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換して反射面に収束するようにすると共に、反射面から反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度非点収差光ビームに変換する構成を採用する以上、非点収差レンズは、光源から光分離手段、光記録媒体の反射面、及び、再び光分離手段を経て光検出面に到る光路上の光記録媒体の反射面の前後に、すなわち、上記反射面に向かう光ビーム上と上記反射面から反射された光ビーム上のそれぞれに一つづつ必要であること、つまり、論理上は上記反射面に向かう光ビーム上と上記反射面から反射された光ビーム上のそれぞれに必要であることを説示したものであると主張するが、審決の上記説示はそのように読めないことはいうまでもなく、被告の主張は失当である。

次に、審決は、非点収差レンズは、光記録媒体の反射面の前後に一つづつ必要であるとして、二つ必要であると判断している。

非点収差レンズが二つあるときには、一方は、非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換し、他方は、無非点収差光ビームを非点収差光ビームに変換する。非点収差レンズが一つあるときには、非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換する機能と、無非点収差光ビームを非点収差光ビームに変換する機能とを同時に備えている。したがって、非点収差レンズが二つあるときと一つのときとでは、その機能は相違するのであるから、二つの非点収差レンズを一つにすることは、少なくとも、当業者が適宜選択する程度のことではない。

さらに、審決は、非点収差レンズを置く位置について、「光源と光分離手段の間に1つと光分離手段と検出器の間に1つとの計2つとするか、光分離手段と対物レンズの間に1つとするかは、当業者が設計上、適宜選択する程度のことにすぎない。」(甲第1号証10頁11行ないし15行)と判断する。

しかしながら、引用例記載の発明において、無非点収差光ビームを非点収差光ビームに変換することを行なう非点収差レンズ、非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換する非点収差レンズのいずれについても、言及するところがないのであるから、非点収差レンズを置く位置についても何ら記載ないし示唆するところはない。したがって、当業者が、引用例記載の発明から、非点収差レンズについて、「光分離手段と対物レンズの間に1つとする」との構成を、設計上、適宜選択することはできない(なお、「光源と光分離手段の間に1つと光分離手段と検出器の間に1つとの計2つとする。」構成は引用例記載の発明とも本願第1発明とも無関係である。)から、審決の上記判断は誤りである。

被告は、原理的には二つのレンズが必要な場合でも、一つのレンズで兼用することはよく行なわれていることであり、このことはレンズにおける慣用手段にすぎないものであると主張するが、このようなことが周知慣用であることについては根拠がない。なお、被告は、引用例第4図の対物レンズ12を引用しているが、同対物レンズ12は、光源からの光をディスク面に絞る機能とディスク面からの反射光を再度絞る機能を有するものであるが、その機能はいずれも光を絞る点で同じものであり、しかも非点収差、無非点収差とも関係がない。

これに対して、本願第1発明において用いられる非点収差レンズは、非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換すると共に、無非点収差光ビームを非点収差光ビームに変換するという別異の機能を合わせ持つものである。

乙第14号証に記載されたレンズ6、結像レンズ16、同第15号証に記載された対物レンズ7は、いずれも、平行光を焦点を結ぶ光にし、逆に進む広がる光を平行光にするという特定の機能を奏するものにすぎない。上記乙各号証には、もちろん、非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換すると共に、無非点収差光ビームを非点収差光ビームに変換するという別異の機能を合わせ持つ一つの非点収差光レンズは記載されていない。乙第15号証の第1図にはシリンドリカル・レンズ100が記載されているが、これは無非点収差光ビームを非点収差光ビームに変換することを行なうが、非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換することをも同時に行なうものではない。

したがって、被告の非点収差レンズに関する慣用技術についての上記主張は、根拠に欠けるものであって、失当である。

引用例記載の発明には、光分離手段と対物レンズの間に非点収差レンズを置くことについて開示ないし示唆する記載はないが、これ以外の位置に非点収差レンズを配置しても、本願第1発明の効果は生じないのであり、この位置に非点収差レンズを配置することは引用例及び乙各号証のいずれにも記載されておらず、従来なかったことである。

そうすると、当業者は、引用例記載の発明から、非点収差レンズを置く位置について、「光源と光分離手段の間に1つと光分離手段と検出器の間に1つとの計2つとする」との構成、また、「、光分離手段と対物レンズの間に1つとする」との構成のいずれをも設計上、適宜選択することはできない。したがって、審決の、「光源と光分離手段の間に1つと光分離手段と検出器の間に1つとの計2つとするか、光分離手段と対物レンズの間に1つとするかは、当業者が設計上、適宜選択する程度のことにすぎない。」との判断は誤りである。

〈3〉 顕著な効果の看過

本願第1発明で用いる非点収差レンズは、半導体レーザ光源から光記録媒体の反射面に向かう非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換する機能と、光記録媒体の反射面から反射された無非点収差光ビームを光源に対応した所定量の非点収差をもつ非点収差光ビームに変換する機能とを同時に備えている。

このため、本願第1発明では、単一の非点収差レンズの作用により、光検出面においては、半導体レーザからの非点収差光ビームの非点収差特性を有効利用することによりフォーカシングエラーを非点収差法により検出することができ、しかも同時に、光記録媒体の反射面においては、非点収差光ビームの短所を補うべく非点収差光ビームから無非点収差光ビームに変換した後の光ビームを収束して、より最小限に絞られた径を持ち均一かつ円形である良質の光スポットを形成することができ、光記録・再生システム自体の遮断周波数が減少せしめられるところがない。

これに対して、引用例記載の発明には本願第1発明の上記効果について記載ないし示唆するところはない。

したがって、本願第1発明の上記効果は、引用例記載の発明に基づいて、当業者が容易に予測できないことは明らかである。

しかるに、審決は、本願第1発明の奏する上記効果を看過して、「本願第1発明の効果も、引用例から当業者であれば、予測できる程度のものであり、格別のものとは認めることはできない。」(甲第1号証10頁16行ないし18行)と誤って判断した。

第3  請求の原因に対する認否及び主張

1  請求の原因1ないし3は認め、同4の主張は争う。審決の認定判断は正当であって、取り消すべき違法はない。

2  原告主張の取消事由について

(1)  周知技術1及び周知事項の認定の誤りについて

〈1〉 周知技術1は、乙第1ないし第3号証により明らかある。

(a) 乙第1号証の1頁右下欄19行ないし3頁左上欄16行には、従来技術として周知技術1が記載されている(同号証に記載された「レーザ光源1」、「情報記録円盤3」及び「シリンドリカルレンズ5」は、周知技術1の「光源」、「光記録媒体」及び「非点収差レンズ」にそれぞれ相当する。)。

乙第1号証の3頁右上欄12行ないし4頁左下欄16行には、出願発明の実施例として周知技術1が記載されている(同号証に記載された「レーザ光源61」、「情報記録円盤63」及び「シリンドリカルレンズ65」は、周知技術1の「光源」、「光記録媒体」及び「非点収差レンズ」にそれぞれ相当する。)。

(b) 乙第2号証には出願発明として周知技術1が記載されている(同号証に記載された「半導体レーザ」、「情報記録媒体6」及び「一方向性レンズ作用を有する光学素子21」は、周知技術1の「光源」、「光記録媒体」及び「非点収差レンズ」にそれぞれ相当する。)。

(c) 乙第3号証には、出願発明及び従来技術(1頁右下欄12行ないし2頁右上欄18行)、出願発明の実施例(2頁左下欄11行ないし3頁右上欄2行、3頁右上欄3行ないし左下欄14行)として周知技術1が記載されている(同号証に記載された「『レーザ光源』、『レーザ光源1』」、「『情報記録媒体』、『情報記録媒体4』」及び「『一方向性レンズ作用を有する光学素子』、『一方向性レンズ作用を有する光学素子7』、『一方向性レンズ作用を有する光学素子71、72』、『シリンドリカル・レンズ71'、72'』」は、周知技術1の「光源」、「光記録媒体」及び「非点収差レンズ」にそれぞれ相当する。)。

原告は、乙第1ないし第3号証記載のものでは、光記録媒体の反射面で反射した後対物レンズを再び通過した無非点収差光ビームを、光分離手段によって、光源から対物レンズに向かう光ビームから分離し、その後に非点収差レンズによって非点収差光ビームに変換している、すなわち、非点収差レンズは、光分離手段及び対物レンズの間に配置されていない、換言すれば、非点収差レンズは、少なくとも光源からの光ビーム及び光記録媒体の反射面から反射された光ビームの光軸上に存在していないが、周知技術1では、非点収差レンズは、光源からの光ビーム及び光記録媒体の反射面から反射された光ビームの光軸上に存在するから、周知技術1は、乙第1ないし第3号証のいずれにも記載されていないと主張するが、審決は、光分離手段及び対物レンズを用いるか否かについては周知技術1の認定事項としておらず、審決が周知技術1として認定している事項は、反射面から反射された光ビームが、非点収差レンズにより非点収差光ビームに変換されるということであり、反射面から反射された光ビームが、非点収差レンズにより非点収差光ビームに変換されるまでの過程にどのような光学系が介在しているか否かは認定事項とはなっていないのである。したがって、原告の上記主張は失当である。乙第1ないし第3号証には、反射面から反射された光ビームを非点収差レンズにより非点収差光ビームに変換するという事項は開示されていることは明らかである。

〈2〉 周知事項については、そもそも収差は光学的に望ましくない現象であるため、特別の必要がない限り、できるだけ小さくするものであることは、きわめて当たり前のことであり、光記録媒体の反射面に収束する光ビームについてもその例外でないことを指摘したにすぎない。かかる事項が周知であることは、乙第4、第9ないし第12、第16号証から明らかである。

(a) 乙第4号証には「レーザビーム記録」、「レーザ記録読み取り等」(2頁右上欄4行ないし6行)の技術分野において、「2つの発散原点を有する光束を通常の回転対称レンズで平行ビームにすることはできない。」(2頁左上欄3行ないし4行)として、非点収差光ビームのこのような収差が光学的に望ましくない現象であることが開示され、「1個の円筒レンズを使用して、一方の発散原点と他方の発散原点とを一致させれば、回転対称レンズによりこの光束を平行光束とすることは可能である。」(2頁左上欄5行ないし8行)と、無非点収差光ビームを使用した方が非点収差光ビームを使用した場合よりも技術的利点を有することが開示され、出願発明としては、2個の円筒状レンズ5、6を使用して(2頁左下欄15行ないし3頁左上欄5行)、「集光の結果極めて高いビームパワー密度が達成できるものである。」(3頁左上欄11行、12行)と、非点収差光ビームでは得られない無非点収差光ビームの技術的利点が指摘されている。

なお、原告は、乙第4号証には反射面を備える記録媒体が記載されていないと主張するが、乙第4号証は「レーザビーム記録」、「レーザ記録読み取り等」の技術分野におけるものであるから、記録媒体として反射面を備えた光記録媒体を使用することは常識である以上、乙第4号証に記載された記録媒体も反射面を有するとみるのが自然である。

(b) 乙第9号証の52頁上段ないし中段の「非点収差(アスチグナチズム)」の項では、収差が光学的に望ましくないことを説明している。

(c) 乙第10号証の3頁「B.収差」の項では、収差について説明され、さらに、6頁「ⅳ)非点収差、像面の彎曲」の項では、収差が光学的に望ましくないことを説明している。

(d) 乙第11号証の35頁「98収差」の項では、収差について説明され、さらに、36頁「102非点収差」の項では、収差が光学的に望ましくないことを説明している。

(e) 乙第12号証には、ビデオディスク用対物レンズにおいて、非点収差をなくすことが好ましいことが記載されている。

(f) 乙第16号証には、無非点収差光ビームを使用すれば、スポット径を小さくビームパワーを大きくすることができること、すなわち、相応の技術的利点を有することが記載されている。

なお、原告は、乙第16号証には反射面を備える記録媒体が記載されていないと主張するが、同号証は、「レーザ記録読み取り」の技術分野に関するものであるから、反射面を備える光記録媒体に関する技術が開示されているとみるのが自然である。

(2)  相違点についての判断の誤りについて

〈1〉 審決の、「引用例の焦点検出装置において、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用しようとして、半導体レーザ光源からの非点収差光ビームを光記録媒体の反射面に収束する前に非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換する程度のことは、当業者にとって容易になし得たことと認められる。」(甲第1号証9頁10行ないし16行)との判断について

引用例には、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用する点について直接の記載はないことは認める。しかしながら、審決の「引用例の焦点検出装置において、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用しようとして、」との説示は、引用例に光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用することが記載されていると認定したものではなく、その趣旨は、周知事項と周知技術2を受けて、これらを勘案すれば、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用すること、及び、その具体的手段として、非点収差光レンズを使用することは、当業者が容易になし得る事項であることを示すものであって、正当なものである。

原告は、引用例記載の発明では、非点収差を有するレーザ光を情報を記録再生する面であるディスク面に照射すると主張する。しかしながら、引用例には、光記録媒体の反射面に光スポットを形成する光ビームが、無非点収差光ビームであるか、非点収差光ビームであるか、いずれとも記載されていないのであるから、引用例記載の発明では、原告が主張するように非点収差光ビームに限定されると解することはできない。むしろ、引用例(甲第5号証)の「また第2図b、cで、集光点P1とP2の距離を調節するために、第2図b、cに点線20で示すシリンドリカルレンズを集光点Pの光源側におくことも可能である。」(3頁右下欄1行ないし4行)の記載をみれば、非点収差光ビームの集光点の位置を調節するためにシリンドリカルレンズ(非点収差レンズ)を光路上におくことが可能であることが記載されているのであるから、引用例記載の発明を、原告が主張するような半導体レーザからの非点収差を有するレーザ光になんら補償を施すことなくこれをディスク面に照射するものに限定してみる根拠はない。

〈2〉 前記のとおり、審決の上記判断は正当であるから、この判断を前提とする審決の「その際、光スポットのフォーカシングエラーの検出はそのまま非点収差法によることにすれば、反射面から反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度非点収差光ビームに変換し直すようにすることは、技術的に当然の構成である。」(甲第1号証9頁17行ないし10頁9行)との判断も正当である。

〈3〉 審決の「反射面に向かう非点収差光ビームを非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換すると共に、反射面からの反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度光源に対応した所定量の非点収差を持つ非点収差光ビームに変換し直す構成を採用することは、当業者にとって格別困難なことであったとは認められない。」(甲第1号証10頁2行ないし9行)との判断について

審決は、周知事項と周知技術2を踏まえ、引用例記載の焦点検出装置において、「半導体レーザ光源からの非点収差光ビームを光記録媒体の反射面に収束する前に非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換する(換言すれば非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換してから光記録媒体の反射面に収束するようにする)程度のことは、当業者にとって容易になし得た」と判断し、この判断を前提として、「反射面に向かう非点収差光ビームを非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換する」(甲第1号証10頁2行ないし4行)ことは当業者にとって格別困難なことではないと判断し、また、周知技術1を踏まえ、光スポットのフォーカシングエラーの検出を非点収差法によることにすれば、反射面から反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度非点収差光ビームに変換し直すようにすることは、技術的に当然の構成であると判断し、この判断を前提として、「反射面からの反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度光源に対応した所定量の非点収差を持つ非点収差光ビームに変換し直す構成を採用することは、当業者にとって格別困難なことであったとは認められない。」(甲第1号証10頁4行ないし9行)と判断したものである。したがって、審決の上記判断は正当である。

なお、原告は、「反射面に向かう非点収差光ビームを非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換すると共に、反射面からの反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度光源に対応した所定量の非点収差を持つ非点収差光ビームに変換し直す」構成は技術的にみて不可解であると主張するが、上記構成は、そもそも本願第1発明の主要部の構成であるから、原告がこの構成によってフォーカシングエラーの検出ができないというのに等しく失当である。

〈4〉 審決の「そして、そのような構成を採用する以上、非点収差レンズを置く位置は、光記録媒体の反射面の前後に1つづつ必要であるから、光源と光分離手段の間に1つと光分離手段と検出器の間に1つとの計2つとするか、光分離手段と対物レンズの間に1つとするかは、当業者が設計上、適宜選択する程度のことにすぎない。」(甲第1号証10頁9行ないし15行)との判断について

審決の「そして、そのような構成を採用する以上、非点収差レンズを置く位置は、光記録媒体の反射面の前後に1つづつ必要である」との判断は、光源からの非点収差光ビームを非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換して反射面に収束するようにすると共に、反射面から反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度非点収差光ビームに変換する構成を採用する以上、非点収差レンズは、光源から光分離手段、光記録媒体の反射面、及び、再び光分離手段を経て光検出面に到る光路上の光記録媒体の反射面の前後に、すなわち、上記反射面に向かう光ビーム上と上記反射面から反射された光ビーム上のそれぞれに一つづつ必要であること、つまり、論理上は上記反射面に向かう光ビーム上と上記反射面から反射された光ビーム上のそれぞれに必要であることを説示したものである。

原告は、本願第1発明において用いられる非点収差レンズは、引用例では示唆するところのない、非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換すると共に、無非点収差光ビームを非点収差光ビームに変換するという別異の機能を合わせ持つものであると主張するが、レンズにおいては、一つのレンズによって二つの機能を兼用することはよくあることである(乙第14、第15号証)。このことは、引用例の第4図の対物レンズ12が、光源からの光をディスク面14に絞る機能とディスク面14からの反射光を再度絞る機能を有するものとして記載されているようにきわめて当たり前の手段にすぎない。

すなわち、レンズには一般にいずれの方向からの光にも作用する性質があり、原理的には二つのレンズが必要な場合でも、一つのレンズで兼用することはよく行なわれていることであり、このことはレンズにおける慣用手段にすぎないものである。

そして、引用例には、非点収差レンズを光路上に置くことが記載されているものであるから、審決の「光分離手段と対物レンズの間に1つとするかは、当業者が設計上、適宜選択する程度のことにすぎない。」との判断は正当である。

(3)  本願第1発明の顕著な効果の看過について

本願第1発明において、非点収差レンズが二つの機能を同時に備えている点は、単に非点収差レンズを単一の構成にしたというだけのものであって、それはレンズにおいてはありふれた手段にすぎないものであって、これにより格別の効果を奏するというものでもない。

また、フォーカシングエラーを非点収差法により検出できるようにした効果、光記録媒体の反射面に形成される光スポットは最小限に絞られた径を持ち均一かつ円形であることができるという効果は、反射面に向かう非点収差光ビームを周知の非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換することにより得られる自明の効果にすぎない。

なお、本願第1発明は、光記録・再生システムに用いられるものに限定されていないので、原告が主張する光記録・再生システム自体の遮断周波数が減少せしめられるところがないとの効果は、一実施例の効果にすぎず、本願第1発明に特有の効果とはいえない。

第4  証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。

理由

1(1)  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いはない。

(2)  審決の理由の要点中、(2)(引用例の記載事項)、(3)(本願第1発明と引用例記載の発明との対比)、(4)(相違点についての判断)のうちの周知技術2の認定は、当事者間に争いがない。

2  本願第1発明の概要

甲第2ないし第4号証(特開昭57-139713号公報、平成2年3月26日付け及び同年10月19日付け各手続補正書。以下総称して「本願明細書」という。)には、「従来、光ディスク等の光記録媒体の記録及び・又は再生を行う光記録・再生装置には、フォーカシングエラー検出装置が備えられている。このようなフォーカシングエラー検出装置は半導体レーザ等の光源を有しており、記録媒体の反射面における該光源からの光ビームの集束状態について、例えば非対称法、非点収差法等によりフォーカシングエラーを検出する。しかしながら、従来の非対称法では、光ビームが対物レンズから非対称的に記録媒体の反射面に照射されるため、この反射面に形成される光スポットの質が低下し、光記録・再生システム自体の遮断周波数も減少してしまう。一方、従来の非点収差法では、光学系の小型化・簡素化・操作性等の観点から非点収差を得るために、非点収差性半導体レーザを用いることが有利である。しかしながら、この場合、非点収差光ビームが収束して記録媒体の反射面に形成される光スポットは、最小限に絞られることなく、円形でない不均一な形状となったりして、即ち光スポットの質が低下する。」(甲第4号証6頁7行ないし7頁10行)、「本発明の目的は、非点収差性半導体レーザを光源として用いており、光記録媒体の反射面において良質の光スポットを形成し得ると共に非点収差法によりフォーカシングエラーを検出し得るフォーカシングエラー検出装置を提供することである。」(同号証7頁11行ないし15行)、「本発明のフォーカシングエラー検出装置では、半導体レーザ光源は、非点収差光ビームを発生する。光分離手段及び対物レンズの間に配置された非点収差レンズは、半導体レーザ光源から光記録媒体の反射面に向かう非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換する機能と、光記録媒体の反射面からの反射された無非点収差光ビームを光源に対応した所定量の非点収差をもつ非点収差光ビームに変換する機能とを同時に備えている。このため、単一の非点収差レンズの作用により、光検出面においては、半導体レーザからの非点収差光ビームの非点収差特性を長所として有効利用することによりフォーカシングエラーを非点収差法により検出することができ、しかも同時に、光記録媒体の反射面においては、非点収差光ビームの短所を補うべく非点収差光ビームから無非点収差光ビームに変換した後の光ビームを収束して、より最小限に絞られた径をもち均一且つ円形である良質の光スポットを形成することができる。」(同号証9頁2行ないし10頁3行)との記載があることが認められる。

3  原告主張の審決の取消事由について検討する。

(1)  周知技術の認定の誤りについて

〈1〉  周知技術1について

乙第1号証(特開昭55-87328号公報)の「自動焦点調節装置として、従来非点収差光学系を用いて情報検出および焦点位置検出を一本の光ビームで行う」従来装置についての記載(1頁右下欄19行ないし3頁左上欄16行)及び出願発明の実施例についての記載(3頁右上欄12行ないし4頁左下欄16行)によれば、同号証には、「フォーカシングエラー検出装置において、光源からの光ビームとして無非点収差光ビームを使用し、光ビームを光スポットとして光記録媒体の反射面に収束し、反射面から反射された光ビームを非点収差レンズにより非点収差光ビームに変換し、その非点収差光ビームの収束断面形状の変化を感知して非点収差法により光スポットのフォーカシングエラーを検出すること」(周知技術1)が、記載されていると認められる(同号証に記載された「レーザ光源1、61」、「情報記録円盤3、63」及び「シリンドリカルレンズ5、65」は、それぞれ周知技術1の「光源」、「光記録媒体」及び「非点収差レンズ」にそれぞれ相当すると認められる。)。

乙第2号証(特開昭52-46827号公報)には、出願発明として周知技術1が記載されていると認められる(同号証に記載された「半導体レーザ」、「情報記録媒体6」及び「一方向性レンズ作用を有する光学素子21」は、周知技術1の「光源」、「光記録媒体」及び「非点収差レンズ」にそれぞれ相当すると認められる。)。

乙第3号証(特開昭53-17705号公報)には、出願発明及び従来技術(1頁右下欄12行ないし2頁右上欄18行)、出願発明の実施例(2頁左下欄11行ないし3頁右上欄2行、3頁右上欄3行ないし左下欄14行)として周知技術1が記載されていると認められる(同号証に記載された「『レーザ光源』、『レーザ光源1』」、「『情報記録媒体』、『情報記録媒体4』」及び「『一方向性レンズ作用を有する光学素子』、『一方向性レンズ作用を有する光学素子7』、『一方向性レンズ作用を有する光学素子71、72』、『シリンドリカル・レンズ71'、72'』」は、周知技術1の「光源」、「光記録媒体」及び「非点収差レンズ」にそれぞれ相当すると認められる。)。

原告は、乙第1ないし第3号証記載のものでは、光記録媒体の反射面で反射した後対物レンズを再び通過した無非点収差光ビームを、光分離手段によって、光源から対物レンズに向かう光ビームから分離し、その後に非点収差レンズによって非点収差光ビームに変換している、すなわち、非点収差レンズは、光分離手段及び対物レンズの間に配置されていない、換言すれば、非点収差レンズは、少なくとも光源からの光ビーム及び光記録媒体の反射面から反射された光ビームの光軸上に存在していないが、周知技術1では、非点収差レンズは、光源からの光ビーム及び光記録媒体の反射面から反射された光ビームの光軸上に存在するから、周知技術1は、乙第1ないし第3号証のいずれにも記載されていないと主張する。

しかしながら、審決が周知技術1として認定したものは、光ビームを用いる光記録媒体のフォーカシングエラー検出装置において、光記録媒体の本来の目的である記録、再生時とフォーカシングエラー検出時において、それぞれ最も適した形態の光ビームを使用しようとする技術であると解されるところ、審決は上記目的のために用いられる非点収差レンズの配置位置までは周知技術1として認定していないと解されるから、原告の上記主張は採用できない。

〈2〉  周知事項について

前記2判示の本願明細書の記載によれば、光記録媒体の記録及び・又は再生を行う光記録・再生装置に備えられたフォーカシングエラー検出装置には、非点収差法によるものがあったこと、従来の非点収差性半導体レーザを用いる装置の場合、非点収差光ビームが収束して記録媒体の反射面に形成される光スポットは、最小限に絞られることなく、円形でない不均一な形状となったりして、即ち光スポットの質が低下する欠点があったところ、本願第1発明は、非点収差性半導体レーザを光源として用い、光分離手段及び対物レンズの間に配置された非点収差レンズを使用することにより、これによって変換された無非点収差光ビームにより、光記録媒体の反射面において良質の光スポットを形成し得ると共に、上記反射面から反射された無非点収差光ビームを上記非点収差レンズによって再び非点収差光ビームに変換することにより、非点収差法によりフォーカシングエラーを検出し得るフォーカシングエラー検出装置を提供するものであると認められる。

上記によれば、本願第1発明は、光記録媒体の反射面に収束する光ビームが非点収差光ビームである場合には、記録媒体の反射面に形成される光スポットは、最小限に絞られることなく、円形でない不均一な形状となったりする欠点があるが、収差のない無非点収差光ビームである場合には、記録媒体の反射面に最小限に絞られた円形の光スポットを形成するという技術的利点があることを当然の前提として、そのような良質の光スポットを得ることを目的の一つとしていると認められる(本願明細書には、上記のような技術的利点が初めて発見されたことを窺わせる記載はない。)。

次に、乙第12号証(特開昭55-147605号公報)の「ビデオディスク用対物レンズ」(1頁右下欄6行)に関して「f1、f2、f4を夫々第1群、第2群、第4群レンズの焦点距離」(2頁右上欄5行ないし7行)、「fを全系の焦点距離とするとき」(2頁右上欄10行、11行)、「第3群レンズおよび第4群レンズで発生する非点収差をレンズ系全体として補正するためには、第1群レンズの形状の自由度がある程度制限を受ける。」(2頁左下欄1行ないし4行)、「f1が3.2fより大きくなると、第2群レンズの焦点距離f2をどのような値に選んでも第3群レンズおよび第4群レンズで発生する非点収差を補正することができなくなる。」(2頁左下欄10行ないし13行)、「条件(3)は非点収差を良好に補正するために設けたものである。条件(3)において、f4が1.3fより小さくなると非点収差が補正不足に、逆にf4が2.4fより大きくなると非点収差が補正過剰となり、いずれの場合も好ましくない。」(2頁右下欄7行ないし11行)との記載によれば、同号証には、ビデオディスク用対物レンズにおいて、非点収差をなくすことが好ましいことが記載されているものと認められる。

以上を総合すれば、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用すれば、非点収差光ビームを使用した場合に比べ、相応の技術的利点を有することは、本願出願前、当業者に周知の事項であったと認められるから、審決の周知事項の認定に誤りはない。

原告は、乙第12号証に記載されたものは、専らビデオディスク用対物レンズに関するものであり、光記録媒体の反射面に形成される光スポットのフォーカシングエラー検出装置に関するものではないと主張するが、審決が認定した周知事項は光記録媒体の反射面に収束する光ビームに関するものであり、フォーカシングエラー検出装置に関するものではないから、原告の上記主張は失当である。

(2)  相違点についての判断の誤りについて

〈1〉  本願明細書の「本発明の目的は、非点収差性半導体レーザを光源として用いており、光記録媒体の反射面において良質の光スポットを形成し得ると共に非点収差法によりフォーカシングエラーを検出し得るフォーカシングエラー検出装置を提供することである。」(甲第4号証7頁11行ないし15行)との記載によれば、本願第1発明は、非点収差光ビームを発生する半導体レーザ光源を備えることを前提としているものである。

しかるところ、前記(1)のとおり、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用すれば、非点収差光ビームを使用した場合に比べ、相応の技術的利点を有することは周知の事項(周知事項)であるから、反射面を有する光記録媒体に無非点収差光ビームを使用するのは当然のことと解される。

そうすると、光記録媒体の光源に非点収差光ビームを発生する半導体レーザ光源を用いる場合において、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして相応の技術的利点を有する無非点収差光ビームを使用するために、光ビームが反射面に収束する前に、非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換しようとすることは当然のことである。そして、無非点収差光ビームを得るために非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換する手段(例えば、非点収差レンズ)も当業者に周知の技術(周知技術2)であることは当事者間に争いがない。

以上によれば、審決の、「引用例の焦点検出装置において、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用しようとして、半導体レーザ光源からの非点収差光ビームを光記録媒体の反射面に収束する前に非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換する程度のことは、当業者にとって容易になし得たことと認められる。」(甲第1号証9頁10行ないし16行)との判断に誤りはない。

原告は、審決の「引用例の焦点検出装置において、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用しようとして、」との説示は、引用例に記載のない事項についての言及であると主張する。

しかしながら、審決の上記説示部分は、引用例の記載事項として引用しているものではなく、上記周知事項を前提とすれば非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換しようとすることは当然のことであるとの判断を示しているものと解されるから、原告の上記主張は失当である。

なお、原告は、引用例記載の発明では、非点収差を有するレーザ光を情報を記録再生する面であるディスク面に照射すると共に、非点収差レンズを用いて非点収差法によりフォーカシングエラーの検出を行なうことをその技術的課題としているのに対して、本願第1発明では、非点収差光ビームを発生する半導体レーザを光源として用いるが、その非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換して光記録媒体の反射面において、良質の光スポットを形成すると共に、再度非点収差光ビームに変換して非点収差法によりフォーカシングエラーの検出を行なうことをその技術的課題とするものであって、両者はその技術的課題を異にすると主張する。

しかしながら、審決は、本願第1発明が非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換するとともに、無非点収差光ビームを非点収差光ビームに変換する非点収差レンズを有する点と、引用例記載の発明が非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換する非点収差レンズを有しない点を相違点として認定しており、このような構成の相違により、本願第1発明は光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを用いるのに対し、引用例記載の発明は光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして非点収差光ビームを用いる点で相違することは明らかであり、審決はかかる相違を前提とした上で、審決摘示の相違点について判断したものと解されるから、原告主張の両者の技術的課題の相違は審決の相違点の判断に何ら影響を及ぼすものではない。

なお、被告は、引用例記載の発明を、原告が主張するような半導体レーザからの非点収差を有するレーザ光になんら補償を施すことなくこれをディスク面に照射するものに限定してみる根拠はなく、引用例記載の発明には反射面に収束する光ビームは非点収差を有するレーザ光に限定されないと主張するが、審決における一致点及び相違点の認定に照らして、採用することができない。

〈2〉  次に、引用例記載の焦点検出装置は、前記のとおり、非点収差光ビームを利用するものであるところ、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用するため、非点収差レンズにより、非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換する構成を採用した場合に、一旦変換された無非点収差光ビームを非点収差光ビームに再度変換することは、無非点収差光ビームを非点収差レンズにより非点収差光ビームに変換して、非点収差法により光スポットのフォーカシングエラーを検出する周知技術1の適用そのものである。

したがって、審決の「その際、光スポットのフォーカシングエラーの検出はそのまま非点収差法によることにすれば、反射面から反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度非点収差光ビームに変換し直すようにすることは、技術的に当然の構成である。」(甲第1号証9頁17行ないし10頁2行)との判断に誤りはない。

〈3〉  以上によれば、審決の「すなわち、反射面に向かう非点収差光ビームを非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換すると共に、反射面からの反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度光源に対応した所定量の非点収差を持つ非点収差光ビームに変換し直す構成を採用することは、当業者にとって格別困難なことであったとは認められない。」(甲第1号証10頁2行ないし9行)との判断に誤りはない。

もっとも、原告は、「反射面に向かう非点収差光ビームを非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換すると共に、反射面からの反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度光源に対応した所定量の非点収差をもつ非点収差光ビームに変換し直すようにする」構成は、技術的にみて不可解な構成であり、このような構成によってフォーカシングエラーの検出ができるとは思えないと主張するが、前記〈2〉のとおり、無非点収差光ビームを非点収差レンズにより非点収差光ビームに変換して、非点収差法により光スポットのフォーカシングエラーを検出する周知技術1を適用すれば、「無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度光源に対応した所定量の非点収差をもつ非点収差光ビームに変換し直すようにする」構成によってフォーカシングエラーの検出ができることは明らかであるから、原告の上記主張は失当である。

〈4〉  前記〈3〉のとおり、引用例記載の発明に、「反射面に向かう非点収差光ビームを非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換すると共に、反射面からの反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度光源に対応した所定量の非点収差をもつ非点収差光ビームに変換し直す」構成を適用すれば、非点収差レンズは光ビームが光記録媒体の反射面で反射する前と後に一つづつ必要であることは明らかである。

原告は、審決の「そして、そのような構成を採用する以上、非点収差レンズを置く位置は、光記録媒体の反射面の前後に1つづつ必要である」(甲第1号証10頁9行ないし11行)との説示について、光記録媒体の反射面の後ろには光ビームは到達しないのであるから、非点収差レンズを光記録媒体の反射面の前後に1つづつ置くという技術的構成、すなわち、非点収差レンズを光記録媒体の前に一つと後ろに一つ置くという構成は、技術的にみて不可解な構成であると主張する。

たしかに、「光記録媒体の反射面の前後」を光記録媒体の反射面の前の位置と後の位置と解するならば、反射面の反射方向と反対側には、明らかに光ビームは到達せず、レンズを位置させることは無意味であるから技術的にみて不可解な構成であるといわざるを得ない。

しかしながら、審決摘示の「反射面に向かう非点収差光ビームを非点収差レンズにより無非点収差光ビームに変換すると共に、反射面からの反射された無非点収差光ビームを非点収差レンズにより再度光源に対応した所定量の非点収差をもつ非点収差光ビームに変換し直すようにする」構成を前提とすれば、「光記録媒体の反射面の前後」とは、光ビームが反射面に反射する前及び後の光路上の位置を意味すると解すべきであるから、この点の原告の主張は失当である。

次に、非点収差レンズを置く位置について検討する。

まず、引用例記載の発明において、非点収差レンズを配置する場合に、光ビームが光記録媒体の反射面で反射する前の非点収差レンズを置く位置については、光源と光分離手段との間と、光分離手段と対物レンズとの間の二つしかあり得ないと解される。

光源と光分離手段との間に、非点収差レンズが置かれた場合には、反射後の非点収差レンズの位置は、必然的に光分離手段とフォーカシングエラー検出装置との間になる。そして、その場合には、非点収差レンズは二つ置かれることになる。

ところが、光分離手段と対物レンズとの間に非点収差レンズが置かれた場合には、反射後の無非点収差光ビームを非点収差光ビームに変換するために、この非点収差レンズを利用できることは明らかである。

しかるところ、レンズには一般にいずれの方向からの光にも作用する性質があり、一般に光学技術分野において、原理的には二つのレンズが必要な場合でも、一つのレンズで兼用することは本願出願前極く普通のことであったと認められる。すなわち、引用例(甲第5号証)の第4図(別紙図面2参照)の対物レンズ12が、光源からの光をディスク面14に絞る機能とディスク面14からの反射光を再度絞る機能を有するものとして記載されていると認められる。また、乙第14号証(特公昭54-4604号公報)には、第1図に関して、「光源1より発せられた強力な光は、…レンズ3を経て広げられた後、凸レンズ4により平行光とされ、…レンズ6を通過した光はディスク7のディスク面7aに焦点を結ぶ。そしてディスク面7aで反射した光は入射光と同じ光路を通り、レンズ6を通過した後、平行光線となって…集光レンズ8により光電変換素子9に集められ」(2欄16行ないし24行)と記載され、レンズ6は平行光を焦点を結ぶ光にし、逆に進む広がる光を平行光にする二つの機能を有することが示され、第4図に関連して、「強力な光源11から発した光は、レンズ12により平行光線になり、…結像レンズ16によりディスク17に照射されディスク面17aに焦点を結び、該ディスク面17aで反射された光は入射したときと同じ光路を戻り、結像レンズ16を経て平行光線となり」(3欄29行ないし38行)、「別の光源27から発せられた光はレンズ28によってディスク面17a上に…収束させられる。そしてディスク面17aで反射された光はレンズ29に導かれ、該レンズ29の焦点位置に配置された光電変換素子30上に収束し」(4欄30行ないし36行)と記載され、結像レンズ16は平行光を焦点を結ぶ光にし、同じ光路を戻る広がる光を平行光にする二つの機能を有することが示されていると認められる。さらに、乙第15号証(特開昭55-139640号公報)には、第1図の説明として、「光源4から出力される光15はレンズ5で収光され、光ビーム16となる。この光ビーム16は…対物レンズ7に至り、そこで収束されて光ビーム17となる。この光ビーム17は記録媒体1上に焦点を結び光点3を生じる。…媒体1の表面からの反射光は対物レンズ7を経て…反射光ビーム18となり」(2頁左上欄10行ないし19行)と記載され、対物レンズ7は光ビーム16を収束して光ビーム17とし、記録媒体1上に焦点を結ばせ光点3を生じ、媒体1の表面からの反射光を反射光ビーム18とする二つの機能を有することが示されていると認められる。

原告は、引用例第4図の対物レンズ12は、光源からの光をディスク面に絞る機能とディスク面からの反射光を再度絞る機能を有するものであるが、その機能はいずれも光を絞る点で同じものであり、非点収差、無非点収差とも関係がないのに対して、本願第1発明において用いられる非点収差レンズは、非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換すると共に、無非点収差光ビームを非点収差光ビームに変換するという別異の機能を合わせ持つものであると主張し、さらに、乙第14号証に記載されたレンズ6、結像レンズ16、同第15号証に記載された対物レンズ7は、いずれも、平行光を焦点を結ぶ光にし、逆に進む広がる光を平行光にするという特定の機能を奏するものにすぎないと主張する。

しかしながら、光源からの光をディスク面に絞る機能とディスク面からの反射光を再度絞る機能を合わせ持つことあるいは平行光を焦点を結ぶ光にする機能と逆に進む広がる光を平行光にする機能を合わせ持つことは、非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換する機能と無非点収差光ビームを非点収差光ビームに変換する機能を合わせ持つことと、レンズの機能を二つ合わせ持つことにおいて変わりはないから、原告の上記主張は採用できない。

したがって、光源と光分離手段の間に1つと光分離手段と検出器の間に1つとの計2つとするか、光分離手段と対物レンズの間に1つとするかは、当業者が設計上、適宜選択する程度のことにすぎない。」(甲第1号証10頁11行ないし15行)との判断に誤りはない。

(3)  顕著な効果の看過について

原告は、〈1〉本願第1発明で用いる非点収差レンズは、半導体レーザ光源から光記録媒体の反射面に向かう非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換する機能と、光記録媒体の反射面から反射された無非点収差光ビームを光源に対応した所定量の非点収差をもつ非点収差光ビームに変換する機能とを同時に備えている、〈2〉このため、本願第1発明では、単一の非点収差レンズの作用により、光検出面においては、半導体レーザからの非点収差光ビームの非点収差特性を有効利用することによりフォーカシングエラーを非点収差法により検出することができ、しかも同時に、光記録媒体の反射面においては、非点収差光ビームの短所を補うべく非点収差光ビームから無非点収差光ビームに変換した後の光ビームを収束して、より最小限に絞られた径を持ち均一かつ円形である良質の光スポットを形成することができ、〈3〉光記録・再生システム自体の遮断周波数が減少せしめられるところがないという効果を奏し、引用例記載の発明には本願第1発明の上記効果について記載ないし示唆するところはないから、本願第1発明の上記効果は、引用例記載の発明に基づいて、当業者が容易に予測できないと主張する。

〈1〉  本願第1発明において、非点収差レンズが二つの機能を同時に備えている点は、単に非点収差レンズを単一の構成にしたというだけのものであって、それはレンズにおいてはありふれた手段にすぎないものであって、これにより二つの機能を同時に備えることは、予測される範囲を越えるものではなく、格別の効果を奏するというものでもない。

〈2〉  フォーカシングエラーを非点収差法により検出できるようにした効果は、引用例記載の発明においても奏する効果であり、光記録媒体の反射面に形成される光スポットは最小限に絞られた径を持ち均一かつ円形であることができるという効果は、単に光記録媒体の反射面に収束される光ビームとして無非点収差光ビームを用いるならば生じる当然の効果であり、また、フォーカシングエラーを非点収差法により検出する効果と同時に光記録媒体の反射面に良好な光スポットを形成するという効果は、非点収差レンズが二つの機能を同時に備えていることにより、非点収差光ビームと無非点収差光ビームをそれぞれの目的のために変換して得られるようにするという構成から当然得られる効果であり、自明の効果にすぎない。

〈3〉  光記録・再生システム自体の遮断周波数が減少せしめられるところがない効果は、無非点収差光ビームに変換した後の光ビームを収束して、より最小限に絞られた径を持ち均一かつ円形である良質の光スポットを形成することによる効果であって、無非点収差光ビームを用いることにより当然奉する効果にすぎない。

すなわち、〈1〉ないし〈3〉のような効果は、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用すれば、非点収差光ビームを使用した場合に比べ、相応の技術的利点を有するという周知事項を前提として、引用例記載の焦点検出装置に、光ビームを用いる光記録媒体のフォーカシングエラー検出装置についての光記録媒体の本来の目的である記録、再生時とフォーカシングエラー検出時において、それぞれ最も適した形態の光ビームを使用しようとする周知技術1を適用し、非点収差レンズによって、非点収差光ビームを無非点収差光ビームに変換する周知技術2を採用し、かつ、非点収差レンズが二つの機能を同時に備えている点を利用して、光記録媒体の反射面に収束する光ビームとして無非点収差光ビームを使用するとともに、フォーカシングエラーの検出はそのまま非点収差法によることとして、反射面からの反射された無非点収差光ビームを非点収差光ビームに変換しようとすれば、当然生じる効果にすぎないものである。

したがって、原告の本願第1発明の顕著な作用効果についての主張は理由がなく、審決の「本願第1発明の効果も、引用例記載の発明から当業者であれば、予測できる程度のものであり、格別のものとは認めることはできない。」(甲第1号証10頁16行ないし18行)との判断に誤りはない。

4  以上のとおり、取消事由は理由がなく、審決の認定判断は正当であって、取り消すべき違法はない。

よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、附加期間の定めについて同法158条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面 1

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面 2

〈省略〉

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